30代リーマン(社内SE)の資産運用記録

わんちんです。しがないリーマン(社内SE)の資産運用の記録を公開していきます。実践内容・記録が参考になれば幸いです。FIRE/アーリーリタイアを目指しています。

ちょっとだけ病んで(適応障害)お休みしたお話

おはこんにちばんわ。しばらくぶりです。

表題の通りで、8月末~10月末までお休みをしていました。

お休みをしてみて色々感じたりよかったこともあったりしたので備忘録として簡単に書いていきたいと思いこの記事を投稿します。

※思ったことを吐き出していく形なので文章のまとまりや重複は出てきます。そのうち振り返った時にリライトします。

 

休みの始まり

3か月間くらいずっと自分で考えているつもりでも全然思考が深くなく、経験則での反射での対応が続いていたように思えます。つまり、知恵を絞るという行為が出来ませんでした。

言われたことをやるのは当たり前ではありますができていたので最悪の状況は仕事の中で発生していなかったし、休む直前は何なら大きめの課題クリアはすぐできてはいました。

ただ、ずっと頭にもやがかかっている感覚でした。本当に気持ちが悪く、本来の自分はこんなだったのか?いや違うといった自問自答も起きるし、うまくいかないことも多く発生してストレスも高かった。記憶も結構曖昧になりがちでした。もうこの状態から抜け出す方法が全く思いつきませんでした。

家内からは早い段階で休めといわれていたので8月ぐらいから少し相談して病院予約を決意。

病院予約すら気持ち的にはハードルがありました。

今の世の中はかなり働きやすいうえにそういう理解も出てきたので良いですがやはり自分がいざそういう病院にかかるとなると、、、と相談してから1週間以上は予約せずにいました。過去に身内でうつ病で苦しんでいたのをまじかに見ていたリアルな恐怖を感じていたため、自分はここまでなったらいけないと思い決意しました。

 

そんなこんなで先生に話をしたら休みなと一言。いわれると期待していたと思いつついわれたら言われたらでやっぱり休むのは、、と気持ち的に迷惑をかける思いが出てその場でも改めて悩みました。しかし、普通につらかったので診断書をお願いしました。

後、課長という役割の観点でもハードルは高かったのかなと、普通課長レベルになったらもうそんな倒れる人少ない?ですからね。。

ちなみに幼少期~青年期の自分がどんな自分だったか、家族にも鬱になった人はいるかとかそのあたりも聞かれて、そんなことも聞くんだなぁ~と思ったのも記憶にあります。

通常すぐに上長に連絡をしないとですが、引継ぎの観点で一日は対応しておかないと、、という点もあり当日に診断書を出さず翌日に出して翌日定時ちょっと前まで仕事してお休みに入りました。

事前準備もしていなかったので超ざっくり引継ぎでしたけどね。。。やらないよりはましの気持ちでやりました。

お休み前半(8月後半~9月前半)

休初めはまだ頭が仕事のモードから切り替わっていなかったので何かやらなきゃ、時間を有意義に使わなきゃという気持ちが強かったように思えます。

とりあえず体は動かさな過ぎてデブデブでしたので健康センターで体を動かすのをはじめました。(体脂肪やばいし、筋肉もほとんどなくなってる、中年太りの典型的体系になってるのに働いてるときは太ったけどそんなにやばいとは思えなかったです。今思うとだいぶ来てましたね。。。)

飲み会とかもちょこちょこあったので参加したり。。。

一回だけカフェで振り返りで何で休んだのか?とかも書いてみましたが、まぁわかりきっていたことを文字化されていて、休むという行為で強行しないと変えられない(自分を守るだけだとしても)状況だったかなと思います。

※Tiwitterで平日やること募集でコメントくれた方々大変ありがとうございました!!!

夏休みもあったり子供の送迎やお風呂を毎日一緒に入れたので家族の時間も増えて、娘も私がいるものだと認識が変わったのも、あー、働きすぎてるんだろうなぁと感じたシーンでしたね。

そんなこんなで9月前半終わって再度の診察。2週間ぐらい休んだ時から回復が止まってる感覚で勉強とか読書も全くできませんでした。その話をして、脳みそ休めてるんだからそんなことしなくていいといわれそうかーまだ回復しきってないなぁーと思い10月もお休みで合意。

お休み後半(9月後半~10月)

9月はまず、カラダファクトリーで体の点検や、娘の運動会があったり、引き続き友人と飲みに行ったりウェル活デビューしたり、ご飯食べまくったりしました。

スプラトゥーン3も発売されたので結構ゲームやって、友人とオンラインでやったりもして元気だったころと同じことができるようになってきたなぁと感じてきました。

今年に入ってからゲームは本当にやらなくなってしまいました。もともとスマホゲームとか結構むさぼるようにやったりPCゲームとかもSteamでやったりしてたんですが忙しすぎてもうやってられんとなって趣味のゲームゼロ生活でした。

今思うと時間の浪費だなーとは思うゲームも、1日1時間くらいでもできる生活じゃなくなってるってところで本当におかしくなった仕事中心生活だったなと思います。

10月は勉強できるかなと思ったんですが実はほぼできませんでした。IPAはどぶに捨てました。

継続して平日日中で友人と集まったりランチ行ったりしました。その際話に出てきたハイアルチにも体験に行ってその場で入会してきました。このあたりの新しいことのチャレンジもできるようになったのも脳的にも回復したんだろうなと思ってます。

全国旅行支援は平日しか空いてなかったのに家内は仕事調整して付き合ってくれてハッピーでした。家族旅行はやはり楽しいです。

後転職サイトもちらほら見てここよさそうだなーとか少し考えられるようになりましたね。追い込まれるとやりたくても確かにできなくなります。できたとしても上手に情報を拾って判断はできないと感じました。

なんとなくのまとめ

①生き急ぎすぎるな。自分の性質にあった働き方と努力をすべき。

やはり人間の生活しないと脳のダメージは蓄積されて記憶障害、めまい、判断力低下、いろいろ引き起こされます。その回復はどんなに短い期間で休んでも回復しないし、身内を見てても社会復帰してからもしばらくは情調不安定の期間があり結果3~4年以上はかかっていたと思います。

自分の場合は課長に上がったばっかりのいやなハードルもあったりして本当に色々最悪なタイミングでした。来年は多分別の人がなるでしょう。(まだ課長見習いで手当て貰ってないので私的には今の体制や仕事のままならそうして欲しい)

もともと1年以上色々任されるスピードが早いと感じていた(伝えてもいましたが)のは、やはり感覚としても合っていた。

また、ちと生き急いでいたのではないかとも感じました。早くFIしたいという思いから働きまくるのは間違ってないのですが限度ってものがありますね。ゆっくりしたいという思いが強まりました。余暇をメインとした人生にしたいです。

②結局時間があっても一人じゃつまらない

趣味もそうですが、感覚的に一番回復としていいなぁと思ったのは、交友でした。もちろん家族もありますけどね。特に過去の自分をよく知っている人と話すと昔のままの話ができるので気が楽でした。そんな人たちと将来は個人的にはサイドFIREしたいとずっと思ってます。実現するかは正直みんな動きが悪いので今の所はなさそうですが笑
早い段階で私が本業から力を抜けるようになったら巻き込む力を強くしていけたらと思ってたり。

③絶対に運動はしておけ

半年ほど本当に運動ゼロ、ストレスで2日に一回はマック食ってたら筋肉消えて脂肪だらけ、中年太り。元の筋肉量戻すだけですら1ヵ月かなりがっつりやって、、って感じでした。健康寿命は本当に本当に最後の最後まで後半の人生楽しむ上でのベースですからね。

運動する時間すらならもう無理やり立ち止まるのが正解。普通じゃないんですその生活。①にもありますがvitalityお化けじゃないなら止まりましょう。自分の健康が第一でいいんです。多くの人の場合は失業保険だってあるし逃げる手段はあるさ。

 

後書

もともと勉強とかはスケジュール立てて計画をち密に終わらせていっていたり、7つの習慣の通り終わりから導いて人生プランを作っていましたが、

限りある時間の使い方 を読んだのは本当にいいタイミングだったのではないかと思いました。まさに今の自分の切り詰めた生活、時間を無駄にできない(余暇を何もしないなんてもったいない)という気持ちを否定してくれてパラダイムシフトのように生き方をどうすべきか再度考えさせられました。多分働きづめで読んでてもあんまり響かなかったかなーっと思う本でしたので、少し疲れた、働きづめの生活はおかしくないか?問持っている人が読むといいのではないかと思います。